日本語を利用して人間的に強くなる方法

        

                  🎡🎡🎡🎡🎡🎡🎡🎡🎡🎡🎡🎡🎡🎡🎡
                 

                  【ArtWork法】
                      🌺🌺🌺🌺🌺🌺🌺🌺🌺🌺🌺🌺🌺🌺
.      
                                                     ▼

49 回【メルマガ・ステップメール・メールからフューチャーマッピングから学んであなたの身を守る課題】
500通のメルマガ、メールからスーパーエネルギーマネージャー高峰が選んだ1通を紹介します。



■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■



どうも◎◎です!

高峰関次郎さん、こんにちは!


さてさて、私は今日なのですが自分の彼女と

「日本語とは何か?」という話をしていました。


私は日本語と英語と韓国語しゃべれるのですが

それでやっぱりいろいろな国の人とコミュニケーションするのですが


「日本語は非常に特殊である」ってのを感じるのですね。


ちなみにこれは「戦後の日本語は特殊」と私は考えております。


逆にこの辺を知って普段から意識していけば

日本語を使いながら私たちは強くなることが可能である

と思います。



メルマガ後半で!




さてさて、それで昨日からメルマガで扱ってる

こちらの井出さんの案件ですが

大変好評です。


こちらも無料でかなり学べてしまうという状況でして

最近なんかすごいですよね。






■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■


日本語を利用して人間的に強くなる方法


■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■


さて、それで私はここ最近「日本語とは何か?」という

ことを考えていました。


これは海外に住まわれている方とか日本語以外の言語

しゃべれる方は納得してくれる人多いと思うのですが


日本語って非常に「特殊」なんですね。


いろいろな特殊性があるのですが

特に「戦後の日本語」はどうも意図的に「特殊」に

されていると思うわけです。


今日はその辺を私は話したいと思います。


それでまず英語の話なのですが


英語では


I think(私は思う)~~~ (のように)という感じで



「私」が必ずあるわけですね。「主語」があります。


これは英語だけじゃなくて韓国語なんかでも

「私は」という主語が日本語と比べるとよく使われるわけです。



が、面白いことに近代の日本語からは

「私は」という主語が抜け落ちているわけです。


だから多くの日本人のコミュニケーションのあり方というのは

「主語」「私」がない文章で

コミュニケーションが成り立っておりまして



例えば英語では腹が減ったは

「I'm hungry(「私は」腹減った)」


ですが


日本語だと

「あ~~腹減った~」というわけで

「私」が省略されるんですね。


ちなみに私が日本語使うときは


「あ~なんか俺腹減ったわ」と俺という主語を

よく彼女と話すときは使います。



さて、それで要するに私が言いたいことというのは


「日本語には なぜか 主語がない」ということなのですが


実はこれは大問題だと思ってるわけですね。


愛国者??のネットウヨは言うでしょう


「日本語ディスるなこの非国民め!」みたく。


が、私はこの新興宗教の信者のごとく洗脳されてる人たちも

説得するということをしているので

あえて書くのですが



「いや、日本語、というよりは 近代の日本語から

主語が奪われてるのだ」


といいたいわけです。


実はどの本みてもこういう指摘を見たことがないのですが

私はいつも外国人と話して、日本人と話して

そのコミュニケーションが違うな~とか思うわけです。


それでこれはすごい重要なことなんですね。

自殺率の高さにも影響している、と「私は」考えるわけです。


ちなみに私がメルマガを書くときも

この「主語」をなるべく明確にする、というのは

常日頃意識していることなんですね。


これは実は副島先生の本でも

「文章を書くときは 「私は」 と書きなさい」

というのがありました。


実はこれはすごい重要なことでありまして

普段からこの「主語」を明確にして話す、ということを

したら ビジネスや投資でも成長速度が一気に速まる可能性が

高いです。



まず、多くの人に思い出してほしいと私が思うのが

中学とか高校で「古文」の授業を習ったと思うのですね。


そこで


「我 ○○と 思ふ(おもう)」


っていう構文を習いませんでしたか??


私は古文の授業で今でも覚えているのですが

「昔の日本人は 我 というのか!」

と驚いたことがあるんです。


だって普段私たちの日本人同士の会話で

我、とか 私は とかってあまり使わないですよね?



これは本なんかでも「私は」という単語を使わない著者も

多いです。


たとえば新聞記事を見ても

「私は ○○ と思う」 という構文を使ってる記者は

ほぼゼロではないでしょうか?


だから正直朝日新聞の「天声人語」とかなんかを

ホテルで読むのですが


「んで、だから何が言いたいの?君の主張はなんだ?」

と私は天声人語の著者につっこみいれたくなるのですが


これは新聞記事なんかでも「私は」が抜けているわけです。


確実にその記事には記者のバイアスが入ってるのですが

そこで「私は」と宣言してバイアスがある程度入ってるのを

明確にしないといけないのだけど


そこで「私は」というのをつけないとそれがまるで

完全なる真実、のように思えてしまって人々を混乱させます。



が、昔の日本語はどうも違ったようだ、というのが

古文を見ると分かるのですが


「我 ○○と 思ふ」という構文が結構使われているわけです。


ここから分かるのは


「昔の日本人の脳みそは 私 が明確だったのかもしれない」


ということですね。


これがいつの日からか「国語」の授業で

「私は ○○と 思う」という構文を子供たちに

教えることが政策的にされなくなったであろう


というのが私が問題だと思ってるところなんです。



これを教えられた日本人の子供が大人になれば

「私」がない言語を使うことになりますから、


だから例えば「かわいい~」とか「イケメン~」とか

「いやな感じ~」とか「あれ好き~」とか


すごい抽象的な言葉しか使えなくなるのだと思います。


近代の戦後日本語は為政者の政策的にでしょうが

非常に「あいまい」になってきている

と私は分析しております。


特にネットウヨの人はその辺が顕著で

彼らは「私は」という構文を使いませんよね。

彼らの後ろには全体主義があるからです。


だから「私」があると困るんです。


それで「私」がある人と「私」がない人が戦ったら

「私」がない人は負けるしかありませんから


議論になったら最終的には 「おまえの母ちゃんでべそ~」

レベルの中傷になってしまうわけですね。


議論が成り立たないということになります。


だから海外の人が日本に在住してよく日本人の物まねをするのですが

そこで「かわいい~~}というのをよく真似します。


これはやはり他の国だと見られない表現ですから

「私」がないから不思議に思えるわけですね。


英語なんかだと

That's beautiful! 「それあれ」 「は」 美しい

とか表現してやっぱり それ って主語があるわけです。


んで、この「私」とか主語が日常言語で

ないとどうなるか、というと


自分の中に当然「私」が考える意見とか考え方、

生き方の哲学とか方向性ってのが

出てこないわけですが


となるとその人の意見は「空気」で支配されるようになるわけです。


「私」は ○○と 考える 、という態度がなくなると

「周りがなんとなく こういう空気だから こういっておこう」

みたいになるのだと思います。


主体性がない、って単語がありますがまさに

主体である「私」がなくなるから


「人生の決定権」が

「私」ではなくて「社会とか空気とか周り」になっちゃうわけです。



この日本語の曖昧さってのは結構多くの日本人の主体性を

奪ってるのではないかなというのを感じるわけですね。



ちなみに井出さんなんかは相場分析で主語が

はっきりしておりますね。日本語がロジカルです






それで私はいろいろな日本人と接してきて分かったことがあって

自営業の人はめんどくさいくらいに「私」があるわけです。

めんどくさいくらいに、というのは私なりの賞賛の言葉。


これは彼らのメルマガとか見ても分かりますよね。


「私は」「私は」であって彼らは自分の「私」の考え方が

成立している人ばかりでして


それが彼らの収入の原動力になっていると私は分析するんです。


相場分析においても


「あ、シグナルが出てサイン出た~エントリーしよかっな」


という感じではなく


「シグナルが出たということはここは下落に進む可能性が高いと

「俺は」考える。だからエントリーする根拠はあるといえばある」


みたいに言語化してエントリーしたりするのですが

やっぱり人間として

強いのは後者なんじゃないかなと。


逆にそれが駄目だった場合「俺の判断の責任」が

「俺」に出てくるわけでして

それを自分自身に突きつけられるわけであって


「俺の判断の責任が違っていたから改善しなくてはいけない」


という風に思考回路で考えられるようになるんです。


昔の日本では「切腹」の文化がありましたが

やはりそれは「俺」があったということだろうと私は見ています。


主体的に判断した「俺」の責任が問われるわけですね。


逆に今の官僚制は官僚や公務員が悪さしても

彼らは「俺」「私」の責任を問われないです。



トレードにしてもビジネスにしても「私」の考え方は

ありますか?というのがとても大事になってくる。



ちなみにこれは恋愛でも一緒で、「私」がある人は

会話が成り立てばやはり強いです。


「私は」「俺は」という主語があるので、会話が強くなる

のですが、そうしたらやはりいわゆる オラオラ系じゃないけど

聞いてくれる女は多くて、そこで

「あーこの人は時々めんどくさいけど

こういう人なんだな」と人間性を見てくれるものです。


そういう人が嫌いという人もいますけど、

まあ好きな人も結構いる。



だからどうも私が考えるのは

「私」を会話の中でしっかりつけるのは大事ではないか

ということなんです。


古文を見る限り

昔の日本人はどうもそれをしていたみたいですが


どうも戦後あたりからでしょうか

この「私」が国語からなくなってしまってるのですが


これは官僚の方々が非常に頭良く教育政策を

意図的に作っているようにしか思えなくて、



ここで「私」がない、従うだけの人間


が大量生産されるわけですね。



ちなみに海外の高校、大学ではこの「私」を作る重要性が

言われているからディベート授業で


何かトピックがあってそこに対して

「私はどう考えるか」というのをプレゼンしないといけない

わけですが


だから最近は欧米だけじゃなくて中国とかの若いのも

非常にロジカルに、とりあえず「私」の意見を言ってくるわけです。



日本だと「私」の意見を言うと

「喧嘩している」みたいに思われたりするわけですが


日本以外の国の人だと


私も相手も意見を言って、それでお互い理解しあって

妥協点に入って、仲良くなる、みたいなコミュニケーションが

すごい多いんですね。



私の友人の韓国のD君なんかとは時々めっちゃ

口論して「私は私は」「俺は俺は」とお互いの考え方を

言うのですが


まあ結局仲よいんです。



それは日本人がはたからみたら日本人と韓国人が

口論しているように見えるのかもしれませんが


本人たちは議論しているだけなわけです。


逆に日本語圏以外の国の人は「私」を明確にして

話したほうが信用してくれることが非常に多く、


「お前はそういう意見なのね、まあおれは違う意見だけど

とりあえず分かった」


となるわけで、そこから信用が発生することが多いです。



それで、「私」がない言語を使い続けるとどうなるか?

というとこれは日本人の特徴であると私は分析するのですが


それはどうも「どうせ私なんか」とか「私なんて価値ないわ」

とかそういう風に行っちゃうんですよね。不思議と。



私なんかは会社時代に全社あげてネガティブキャンペーンされて

私が出社する前にマネージャーが


「あのゆうってやつは会社に歯向かう悪いやつよ!

あいつの言うことは感化されるから聞いちゃ駄目よ!」


って100人以上の前で演説して、


それで私が遅刻して出社する、って感じだったのですが

会社あげての1従業員のバッシングを私は


弱いやつにパワハラばかりしてる会社に対して

意見を言いまくっていたから受けたわけです。



そういう中でたぶん普通だと「どうせ私なんか」とかですね


あとは中には自殺しちゃう人もいるかもしれない。


だって会社あげてバッシングするんだから。


けどそこで「私」がある場合、反応しては

まあ「このやろー」って思えるわけですよ。



私がない人もいて、

そういう人が会社にネガティブキャンペーンされて

欝になった事例を私は見たのですが


おそらく「私」がない場合、何か大変なことがあったら

そのエネルギーが外に向かわずどうも「自分の中」に向いてしまう

傾向があるのだと思うのですね。


この辺は言語学とか心理学で分析していかないと

いけないことです。


人間の脳みそに「私」が確立されていないと

その人は自分を責める傾向が強くなる。


「私」が明確に脳みそにあると、それは跳ね返せるけど

どんな逆境も「こんちくしょー」と思えるのだけど


「私」がないとその人のエネルギーは外に向かわず

中に向かって自分を傷つける方向に行くのかもしれません。



「私」を持って日本語を組み立てると

「私はこのことについては こう思う」

みたいな日本語になってくるので


ちょっと人によっては

「なんかあの人めんどくさいわ」とかなるんだけど


特にサラリーマン社会だとその傾向が強いのですが

自営業者の人たちは「私」があって事業や投資が成り立ってるので


コミュニケーションは逆に円滑になるケースが多いです。


だってお互いの考え方が分かってるのですから

それを会話の中で調整するだけです。



だから日本語使うにしても「俺は」なんとかと思うとか

主語を明確にして日本語を使うように心がけると


何ヶ月かしたら自分の中に「私」ができて来ますが

それはその人を強くする、と私は自分の経験から考えるわけです。




なんとか 「は」 なんとか、


みたいな日本語の構文ですよね。


「晴れてるな~」という言い方ではなくて

「今日」「は」「晴れてるな~」

というだけでもずいぶん違ってくると思います。


こういう日本語を使っていくと基本的に大多数の人から

めんどくさい人と思われることは日本社会が

「私」がない人の数が相対的に多いため増えてきますが


そのような日本語を使い続けていると周囲には

「私」がある人が私の経験上集まるようになってきます。


そしてこの「私」がある人はどうも所得が高い人が

明らかに多いです。


今所得が少なくても、

いずれ所得があがる成長力のある人が多いですね。


なぜか?というと行動指針である「私」があるからです。


だから日本語を利用して自分自身を強くする方法というのが

あって、


それは「私は」とか「あれは」とか主語をつける

日本語を常々意識するということです。


これをやると自分のもってる日本語の言語が

分析的になってくるし


曖昧ではなくなってくるし


人生の目標とか生き方の指針とか、立てられやすくなります。


多くの人は「よく分からない未来」を恐れるけど

「私」が脳みその中に形成されていた場合


そういうアイデンティティがあれば もう自分のペースで

自分の好きなように前に進むことが可能になります。


「私」という明確な行動指針があるわけですから

ブルドーザーのように前に進めるわけですね。


道を阻む大変な壁があれば

簡単で試行錯誤してトライ&エラーを積み重ね

ぶち壊せばよい

という思考回路になってきます。



これは今の時代だからこそ「私」を持つことは

すごい強力ではないか、と感じるわけですね。


「私」がないと大変な状況になったら

いろいろな声が耳に入ってきて右往左往してしまう。


日本というのは敗戦国家ですから、故意に言語から主体性を

奪われてきてこの「私」が日本民族から奪われてきたわけですが


それだから「為政者からしたらコントロールしやすい」

となるわけですが


社会の大勢の人々が「私」を持ち出した場合、

そのコントロールは

容易ではなくなります。




そんで「私」を持つためにはどうすればいいの、というと

単純で


普段の言語の中で「私は なんとかと 思う」とか、


「かわいい~」じゃなくて

「これ は ○○のデザインがあってかわいいよね」


とかそういう日本語に置き換えていくだけで

「私」は作られていくんですね。


よくある話が日本でひどい目にあって、

精神的に死んでしまった女性が

アメリカとか欧州にいって英語を身につけて


エネルギーをつけて、精神的に生き返ることがあります。


これは「強烈な私」が出てきたからですね。その人の中に。


そうなるとその「強烈な私」は逆境をいくらでも考えて

打破していきますから


人生はその人の納得いくものになっていきます。


そしてその「私」こそが個性なわけです。


資本主義市場では「個性」が重要になるのですが

だから何度も書くように

「みんなと同じことは悪」なんですが


そのカネ稼ぎにとって必須の個性を

身に着けるためには「私」を持つ必要があり

その「私」を持つためには普段の日本語言語から意識する


ということが大事になってきます。



これを積み重ねると言語から脳みそが影響受けて

その人なりの「私」が形成されてくるわけでして


これがビジネスとか投資の強烈な原動力、

強烈な電池みたいに作用していくのですね。


いわゆる抽象的なエネルギーってやつが出てきます。

これがよく言われる抽象的な、時には宗教的な

エネルギーの秘密だと思います。


なので日常の日本語で 「主語」を明確に話すことを

意識していって、


それを繰り返していくとその人の思考力は強くなりますし


それで「自立性」が生まれるのですが


それはビジネスにしても投資にしてもすごい有利になります。


私、を持つ人は日本ではまだまだ少数なので

基本的に「浮く」ことになりますが

まあ自分なりに前に進みながら生きることは可能になります。



主語がある「強い日本語」を使うことは

生き方全般だけではなく、ビジネスでも投資でも

不可欠であると私は考えますが


それを身に着けていくと 

やはり大きく人生が変わっていくものですね。


稼ぐ、という分野においてはこの「私」

を言語や経験から身に着けた人が稼ぐ、と思います。



それではまた!



◎◎







■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

【私見】

私ということは、主語のある日本語を使うことは、大事だとはなあ!と思っても見なかった。
日本語は、難しすぎるのでは、スーパーエネルギーマネージャー高峰が感じるが…。

スーパーエネルギーマネージャー高峰は、主語に入るのかなあ!

皆様は、どう思うのかなあ!

───────────────────────────────



【ストーリー思考がもたらす5つの仕事力・その1・ストーリーは頭にこびりつく。】



【たった一つの名言があなたの生き方を変える】



努力が楽しくなる名言集【仕事、勉強、人間関係】
【名言集】
あなたのゴール設定に役立って欲しいなう!
スーパーエネルギーマネージャー高峰です。

聴いてみましたという方スーパーエネルギーマネージャー高峰は毎日聴いて、元気もらっています。




     🐍🐍🐍🐍🐍🐍
株式会社オフィステイテイエス 高峰 関次郎 - Buzip 東京の社長.tv http://buzip.net/tokyo/office-tts/president/

🌋夢実現😃🍀
思考の限界をあっさり超える、簡単な方法を初公開



ブログ

最近では島高校生野球球児がこの方法で甲子園キップを手に入れていますよ!


🍀🍀🍀
フューチャーマツピング甲子園初出場が決定!17人の島の子が起こした奇跡の物語
最近では島高校生野球球児がこの方法で甲子園キップを手に入れていますよ!

21世紀枠で、
春の選抜甲子園大会へ出場決定

瀬戸内海に浮かぶ、人口3万人ほどの
わずか17人の島っ子たちが
離島・小豆島で起こした奇跡

夢実現する簡単な方法を芸能界で初公開する。


ビジネスの世界だけでなく、
教育、さらには部活指導にまで広がり、

この夏、
全国の中学・高校の進路指導の
先生方がご覧になる

公益財団法人 日本進路指導協会 発刊の
季刊誌【進路指導】’15年夏希号にも、
キャリア教育の実践で使えるワークシート

として実践例が紹介された
神田昌典 開発、日本発の課題達成メソッド
フューチャーマッピング。


実は、このフューチャーマッピングの思考プロセス に、その秘訣が隠されています。と、言われていました。

そこでスーパーエネルギーマネージャー高峰は、かなり前から、著書だけからの学びからの実践であるため完成なものでないかもしれないが、効果ありましたことを報告しておきます。

🍀

『オフィステイテイエスは、この方法を実践してきていました!。

それが、今回の講義でありました。動画は一部です。時間が足りたくて高峰が知るすべてを話せなかったですが参考してください。』

高峰より!

さらに、
NTT、トヨタ、ソニー、人事院
一流組織の方も多くメンバーも実践され、
今年は英語版として、155カ国で
自宅学習通信講座が販売へ。


ビジネスの世界だけでなく、
教育、さらには部活指導にまで広がり、

この夏、
全国の中学・高校の進路指導の
先生方がご覧になる

公益財団法人 日本進路指導協会 発刊の
季刊誌【進路指導】’15年夏希号にも、
キャリア教育の実践で使えるワークシート

として実践例が紹介された
神田昌典 開発、日本発の課題達成メソッド
フューチャーマッピング。


実は、このフューチャーマッピングの
思考プロセス に、その秘訣が隠されています。と、言われている方法でもあります。
動画
🍀

















この記事へのコメント